ミスターオリンピア/Mr.オリンピアのボディビル歴代王者とライバル関係を探る!

Mr.olympia 1st

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筋トレを行って筋肉を鍛えるプロ達が、その肉体を競い合うものと言えばボディビルですが、その最高峰の大会であるミスターオリンピア(Mr.オリンピア)についてご存知でしょうか?

元々ボディビルやボディビルダーに興味がある人であれば、知らない人はいないであろう権威ある大会です。

そのミスターオリンピアの大会で優勝した者だけに送られる、ミスターオリンピア(Mr.オリンピア)の称号。

その称号を手にするために、そして、尊敬、お金、名声をつかみ取るために、歴代の王者達は通常では考えられないレベルの筋トレを行い競いあってきました。

つまり、ミスターオリンピアについて語るとき、歴代の魅力的なライバル関係を抜きにすることはできないということでもあります。

今回はそんな筋肉を大きくしようと頑張る人なら、誰しも一度は興味を持つかもしれないボディビルの世界最高峰であるミスターオリンピアと、その歴代王者達のライバル関係などを語っていきます。

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ミスターオリンピアとは?

mr.olympia about

ミスターオリンピア(Mr.オリンピア)とは、スペインのマドリードに本部を置く、国際的なボディビル団体であるIFBBが毎年開催する、ボディビル界最高峰の大会です。

同時に、ミスターオリンピア(Mr.オリンピア)は、その王者の称号としても使われます。

1965年9月18日に第一回目のミスターオリンピアが、アメリカニューヨークのブルックリン音楽アカデミーで開催されました。

それ以降現在まで、場所を変えながらも毎年開催されてきており、歴史を重ねて行くうちに、その権威が高まり、現在では世界中のボディビルダーが憧れる大会にまで発展しました。

また、この大会を通してボディビル業界からハリウッドへ転身したアーノルドシュワルツェネッガーがいるなど、ボディビルダーにとってはその後の名声を得るための一つのステップとして、需要の役割も果たしています。

ミスターオリンピア歴代王者(2016年5月現在)

1965年から今まで、多くのMr.オリンピア歴代王者が誕生してきました。歴代王者は次の通りです。

歴代王者 優勝した年
ラリー・スコット 1965~1966
セルジオ・オリバ 1967~1979
アーノルド・シュワルツェネッガー 1970~1975・1980
フランコ・コロンボ 1976・1981
フランク・ゼーン 1977~1979
クリス・ディッカーソン 1982
サミア・バヌー 1983
リー・ヘイニー 1984~1991
ドリアン・イエーツ 1992~1997
ロニー・コールマン 1998~2005
ジェイ・カトラー 2006~2007・2009~2010
デキスター・ジャクソン 2008
フィル・ヒース 2011~2015

ミスターオリンピアの歴代王者の特徴は、多くの王者が単発で優勝するのではなく、連続優勝を飾っているという点。

ボディビルダーは選手生命も長く、大きな怪我がない限り、基本的には自分以上の実力を持った人間が出てこないと、その座を明け渡すことはありません。

そのため、他のスポーツと比べて怪我の確率もそこまで高くないボディビル界では、圧倒的な肉体を持ったビルダーが誕生すると、数年は王座が守られるのが特徴です。

ミスターオリンピア歴代王者のライバル関係

それでは、ミスターオリンピアに興味を持つ人、そしてボディビルのマニアの方へ向けて、歴代王者のライバル関係について語っていきましょう。

ミスターオリンピア歴代のライバル① ジェイカトラー vs フィルヒース

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ジェイカトラー

最も最近のミスターオリンピアのライバル関係としては、ジェイカトラーとフィルヒースを挙げるべきでしょう。

過去4度優勝したジェイカトラーと、2011~2015(2016年5月現在)まで連続優勝を果たしているフィル・ヒースは、歴代のボディビルダーたちの中でも確固たる地位を築いています。

フィルヒースとジェイカトラーは、以前はトレーニングパートナーであったそうで、最近は友人として親しくしていますが、もちろん同時に激しいライバルでもあります

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フィルヒース

最初の頃こそ、6歳上のジェイカトラーは、ある意味弟分であるフィルヒースに、ボディビルの最高峰の大会で勝利する方法を教えていたようです。

しかしこのことが、後にフィルヒースの大躍進につながり、結局ジェイカトラーは2012年にフィルヒースに敗れることになります。

同時にこういった裏にある友情関係などのストーリーが、ボディビル界を面白くさせる要因でもあります。

ミスターオリンピア歴代のライバル② リー・ヘイニー vs リッチ・ガスパリ

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リーヘイニー

1986年から1988年の間、2人のプロボディビルダーがMr.オリンピアの座を争います。

そのうちの一人、リー・ヘイニーは最初のMr.オリンピアのタイトルを1984年に獲得します。

驚くべき筋肉量、そして並外れた広背筋と、物凄く細くくびれたウェストを目の当たりにして、誰もが彼のことを無敵だと考えていました。

しかし、1985年に、チャンピオンより素晴らしいと言われる脚を持ったリッチ・ガスパリという若きビルダーが、ボディビル界最高の称号を狙って現れました。

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リッチ・ガスパリ

ガスパリは残念ながら、リーヘイニーに僅かのところで及ばず、1986~1988までリーヘイニーの2位という成績に留まってしまいましたが。

しかし、この二人のデッドヒートが、その後のボディビル業界の基準を押し上げたとまで言われています。

ミスターオリンピア歴代のライバル③ アーノルドシュワルツェネッガー vs フランコ・コロンボ

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アーノルドシュワルツェネッガー

偉大なアーノルド・シュワルツェネッガーが、ミスターオリンピアで1972年に3度目の優勝を果たした時、この大会で5位につけたのは、フレンドリーでとても明るく、当時のイケメンであった身長167cmの小柄なフランコ・コロンボ(英語表記ではcolumbuのためコロンブとも言われる)でした。

当初フランコ・コロンボは過小評価され、オリンピアのスターにはなれないと思われており、アーノルドシュワルツェネッガーのトレーニングパートナーとしてしか知られていないような存在でした。

フランコ・コロンボ

フランコ・コロンボ

しかし、このイタリアからの移民であるコロンボはとてつもない不屈の精神を持っており、体が小さいながらも地道に筋肉を研ぎ澄ましていきました。

その結果1974~1976年には200ポンド(91kg)以下の部門で王者となります。

当時のミスターオリンピアでは200ポンド以下の部門と、200ポンドより大きい部門の2つの階級があり、その両王者が最後に対決して、ミスターオリンピアの称号を競いました。

残念ながら1974~1975は、ライバルであるアーノルドシュワルツェネッガーに敗れましたが、アーノルドの引退によって、フランコ・コロンボは翌年76年には小柄な体にも関わらず、ミスターオリンピアのタイトルを獲得し、81年にも同タイトルを獲得しています。

1975年の戦いでは、背が小さくてずんぐりしたコロンボが、オーストリアン・オークと呼ばれたシュワルツェネッガーを、あと少しで打ち倒すところまで迫ったのは今でも語り継がれています。

アーノルドとフランコの友情関係やライバル関係は、アーノルド・シュワルツェネッガーのパンピング・アイアンというDVDでも確認できます。

ミスターオリンピア歴代のライバル④ アーノルドシュワルツェネッガー vs セルジオオリバ

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オリバとシュワルツェネッガー

当時アーノルドシュワルツェネッガーは、活躍するためにキューバの伝説的ボディビルダーであった、セルジオ・オリバ(当時のコールマンのような存在)と筋肉を競い合わせねばなりませんでした。

セルジオオリバは完璧な筋肉を持ち、生まれつき美しい左右対称の体形に恵まれており、アーノルドシュワルツェネッガーの初めての挑戦の際、一騎打ちで完璧に打ち負かします。

ところがこの勝負が、当時22歳で経験不足だったアーノルドにオリバを打ち負かす決意を固めさせます。

翌年1970には、ミスターワールドとその2週間後に行われたミスターオリビアでオリバを破り、アーノルドは完璧な形でミスターオリンピアの称号を手にします。

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伝説的なセルジオ・オリバ

その翌年はセルジオオリバは大会へ欠場してしまったため、対決は行われませんでしたが、73年に再度対決した際には、よりレベルアップしたアーノルドにオリバは歯が立ちませんでした。

しかしここで言えることは、セルジオは歴代の王者の中でも、最も優れたボディビルダーであり、アーノルドシュワルツェネッガーにとっては、最も手ごわいライバルで、唯一自分に試合の日が来るのを恐れさせる相手だったということ。

それにより、アーノルドシュワルツェネッガーは、一段と高いレベルでの努力が可能になり、自分自身を偉大なミスターオリンピアとして高めていけたのです。

今でもなお、この2人は歴代のボディビルダー達の中でも屈指の存在であり続けています。

ミスターオリンピア歴代のライバル⑤ ジェイカトラー vs ロニーコールマン

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ロニーコールマンとジェイカトラー

現在のところ歴代至上最も偉大なボディビルダーであるロニーコールマンが活躍していた当時、コールマンの体の形・サイズ・コンディションは別次元で、コールマンが引退するまで永遠とMr.オリンピアの称号は譲られないと思われていました。

しかしその裏でジェイ・カトラーが黙々と自分の筋肉を大きくし、その座を狙っていることに気づいている人はほとんどいませんでした。

というのも、ジェカトラーのスタートは1999年のMr.オリンピアで14位と、そこまで目に留まるものではなかったからです。

しかし、ジェイカトラーは2001年に一気に爆発します。なんとロニーコールマンに次いで2位に食い込んで来たのです!(ジェイカトラーがロニーコールマンのトレーニング方法を取り入れた結果だと言われています。)

その後、ジェイカトラーはロニーコールマンの2位に4回も甘んじましたが、2006年、ついにロニーコールマンを破り、Mr.オリンピアのタイトルを手にしました。

ロニーコールマンの筋肉の質とサイズに匹敵する筋肉を持つジェイカトラーは、コールマンにとって唯一のライバルであり、一番手ごわい挑戦者だったと言えます。

日本で唯一のボディビルバイブルだと思う。

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いかがでしたか?

筋肉を鍛える人たちが最終的に行き着くボディビルの最高峰であるミスターオリンピア。そこには様々な歴史や、ストーリーを作ってきた歴代王者のライバル関係があります。

ここから見えるのが、一般の人であっても体を最大限に鍛えるには、ライバルの存在も大切ということ。

もし近くにトレーニングパートナーなどがいれば、切磋琢磨して筋肉を鍛えていきましょう!

ぴろっきーでした!

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