ボディビルダー世界一/ミスターオリンピアまとめ|歴代チャンピオンの画像付き!偉大なミスターオリンピア達

ボディビルダー世界一に輝いた歴代のミスターオリンピアチャンピオン達をまとめていきます。ボディビルダーの世界一はどんな人物なのか?そして王者達の筋肉やボディビル業界の発展とは?画像付きでご紹介です。

ボディビルダーの画像

スポンサーリンク

ボディビルダー世界一のミスターオリンピア歴代チャンピオンについて見ていきましょう。

過去から現在までのボディビルダー世界一を見ていくことは、ボディビルに興味がある人にとっては、ボディビル界の発展を理解することにもつながり、また筋トレを行っている人には、世界の猛者達の筋肉や活躍を知ることで参考に出来ることが出てくるはずです。

ボディビル界の世界で最も名誉があるとされる、ミスターオリンピアの歴代チャンピオンを、それぞれの詳しい特徴や当時の様子の解説と共に、年代別に紹介していきます。

ボディビルダーを目指している人、筋トレをやっている人、それ以外の人も是非一度確認してみてください。

スポンサーリンク

目次

ボディビルダー世界一/ミスターオリンピア(歴代チャンピオン)リスト

ミスターオリンピア:歴代のボディビルダー王者の画像

ミスターオリンピアの歴代チャンピオンをそれぞれ詳しく見ていく前に、各年度毎のボディビルダー世界一をリストにまとめておきます。


リストは飛ばして歴代チャンピオンの詳しい紹介へ直ぐに進みたい場合は、下の灰色のタブをクリックするとコンテンツを閉じることが出来ます

また、各チャンピオンの名前のリンクから、それぞれのチャンピンの解説へジャンプすることも出来ます。


ここをクリックすると閉じることが出来ます

歴代のボディビルダー世界一(ミスターオリンピア歴代チャンピオン)を画像付きで紹介

ラリー・スコット(ボディビルダー世界一在歴:1965-1966)

ボディビルダーの画像2

1965年、世界一のボディビルダーを決める最初のプロイベントであるミスター・オリンピアがジョー・ウイダーによって開催されました。

その初年度のミスターオリンピア初代王者、つまりボディビルダーの世界一になったのが、ラリー・スコットです。

当時は彼の類を見ないボディサイズとシェイプに並ぶ者はおらず、ラリー・スコットはスティーブ・リーブス(当時のボディビル界のカリスマで、その後映画俳優に転身)のような屈強な男たちを抑えて、男子ボディビルディング界に衝撃を与えます。

スコットの凄さは、彼のカリスマ性、ボディサイズ、そして人間の身体とは思えないバランスのとれた美しさ。これらの点で観客を魅了し、その後のボディビル界の礎を築いたのです。

初代ボディビルダー世界一に輝いたラリー・スコットのインパクトは、歴代ミスターオリンピアの中でも計り知れないものがありました。

セルジオ・オリバ(ボディビルダー世界一在歴:1967-1969)

ボディビルダーの画像3

ラリー・スコット後、彗星のように現れたのが、その後も歴代チャンピオンとして今でも語り継がれることになる、当時においては圧倒的な筋肉量があり、より優れたコンディショニングでチャンピオンになったセルジオ・オリバ。

オリバは歴代のチャンピオンなかでも先天的に最も恵まれたボディビルダーの一人だと言われており、セルジオ・オリバが好んで行っていたオリバーポーズは今でも話題に上るほどです。

基礎的な筋トレを中心にしたトレーニングと当時としては最先端の栄養摂取の実践によって、オリバは完璧に近い対称性とプロポーションをそなえた鋼のような肉体を手に入れ、驚くほど密度の高い筋肉を実現させました。

「ザ・ミス(神話)」という愛称でも親しまれ、彼の人間技とは思えない肉体の発達ぶりに誰もが驚愕します。

しかもそのプロポーションが素晴らしく、約68cmのウエストに対して76cmの太もも、53.5cmの上腕が、美しい曲線を描いており、芸術作品としても賞賛に値する肉体を手に入れたボディビルダー歴代チャンピオンの一人です。

アーノルド・シュワルツェネッガー(ボディビルダー世界一在歴:1970-75, 1980)

arnold s 1st a

現在のボディビル界の巨人として生きる伝説であるシュワちゃんことアーノルド・シュワルツェネッガーは、全盛期には非の打ち所の無い最高級の肉体を実現し、圧倒的なボディビル世界一となりました。

独自の均等性と綺麗なプロポーションに加え、元々身長も高い中(他のボディビルダーは175cm前後が一般的だった)で巨大な筋肉を見せつけ、どのライバルも真似できないような偉大なオーラと無敵さを備えた、類い稀なるカリスマ性と自信でパフォーマンスを出し、ミスターオリピアのチャンピオンに当たり前のようになります。

シュワルツェネッガーはミスター・オリンピアのタイトルも7度獲得しましたが、そのトレーニングは知的かつ集中的でありつつも、チートをする時もあるかと思えば、時には自分を容赦なく追い込むこともありました。

このことが、彼のカリスマ性を高めて、その後も偉大な歴代チャンピオンとして人気が廃れない点でもあります。

実は試合においては戦術家の一面もあった

arnold shoulder

試合においてのメンタルゲームは、シュワルツェネッガーの特技としてよく引き合いに出されます。

彼にとってのコンテストは、どんな方法を使ってでも勝つものでした。1980年に優勝した当時は、ライバルを怯えさせるなどのメンタル戦術を使って、本番で圧倒的な差を出していき、ミスターオリンピアに輝いています。

試合のためならなんでもする当時の姿勢は、「アーノルド・シュワルツェネッガーのパンピング・アイアン」の中でも垣間見れます。

筋トレのイメージを変えた功績もある

また、ボディビルダーとして有名なシュワルツェネッガーは、その後映画俳優として人気になったこともあり、筋トレのイメージを大きく変えた立役者でもあります。

シュワルツェネッガーは筋トレの魅力をさまざまな形で披露し、筋トレは身体に良いだけでなく、セクシーで楽しく、自己確立の方法にもなると世界に発信していったのです。

こういった功績もあり、今でもシュワルツェネッガーは、伝説的な歴代ボディビルダー世界一として、ボディビル界に大きな影響を与えています。

フランコ・コロンブ(ボディビルダー世界一在歴:1976, 1981)

ボディビルダーの画像5

フランコ・コロンブはアーノルド・シュワルツェネッガーの親友でありトレーニングパートナーとして、常にシュワルツェネッガーの後ろに隠れていた存在ですが、シュワルツェネッガーがボディビルを去った後、フランコ・コロンブの時代となります。

彼はシュワルツェネッガーとは対照的に身長も低く(165cm)、シュワルツェネッガーの全盛期の時にはどうしてもその魅力が理解されませんでした。

しかし、コンパクトで筋肉質な肉体を、素晴らしい状態で披露し、身長の低さをものともしないもの凄い胸筋と背筋の発達具合を見せつけ、ボディビル世界一に輝くことになります。

他の歴代ミスターオリンピアのチャンピオンほどのインパクトには乏しいものの、コロンブは常にミスターオリンピアの大会に誠実に臨み続け、トップの座を獲得したのです。

1981年は新しいボディビル界の新星も登場してくる年でしたが、フランコ・コロンブは、脚の筋肉の出来具合が完璧ではなかったものの、見事、ミスターオリンピア2度目の優勝を果たします。

フランク・ゼーン(ボディビルダー世界一在歴:1977-1979)

ボディビルダーの画像6

均等性とプロポーションの典型とも言えるフランク・ゼーン。彼は歴代のプロボディビルダー世界一の中でも彫刻のような美しさをもった体が有名です。

生きた像のようにゼーンは完璧にポーズをとり、貴品と優雅さをもって世界を魅了します。

フランク・ゼーンはボディビルを発達し過ぎた筋肉のサイズやシェイプを誇示するものではなく、身体中の筋肉がスマートに黄金律を持って発達したものとして表現しました。

ステージ上では身体が一番大きかったわけではありませんでしたが、それでもゼーンは比べ物にならないコンディショニングと均整の取れた美しい肉体を持ってして、手強いライバルを差し置いてタイトルを獲得します。

ミスター・オリンピアを3年連続で優勝してチャンピオンになっていることが、彼のアプローチの正しさを証明していると言えるでしょう。

細いウエストと幅広な肩、外に広がっていく広背筋で完璧な逆三角形の肉体を作り、ゼーンは自分のサイズをより大きく見せることができると証明しました。

クリス・ディッカーソン(ボディビルダー世界一在歴:1977)

ボディビルダーの画像7

フランク・ゼーンに続いてボディビルダー世界一に輝いたのがクリス・ディッカーソンです。

ゼーンのように驚異的なシェイプをしているわけではないですが、クリス・ディッカーソンは他のボディービルダーたちの中でも優雅にポーズを見せるのを武器として見事チャンピオンに輝きます。

彼はムラのない、パーフェクトなコンディショニングとステージ上のパフォーマンスにおいて、歴代オリピアの中でも、おそらく一番だったとまで言われています。

ボディビルを一つの動く芸術として捉えていたファンにとっては、ディッカーソンの優勝は永く待たれたものでした。

その前の歴代チャンピオン達の陰に隠れながらも地道に努力し、遂に優勝を掴み取ります。1982年に優勝した当時は、ふくらはぎ・肩・背中の筋肉の発達具合もディッカーソンの競技人生の中で最も優れていたと言われています。

サミア・バヌー(ボディビルダー世界一在歴:1983)

ボディビルダーの画像8

サミア・バヌーはボディビル世界一に輝くまで全くプロボディビルダーとしての経歴がありませんでしたが、1983年にミスターオリンピアに輝き世界中に衝撃を与えます。

その結果、「レバノンのライオン」とも称されることになりました。

バヌーの肉体的特徴は、目に見える欠点が全くないという点です。その完全に穴のない肉体で、バヌーはどの筋肉を見せても減点させることなく、総合点で他のボディビルダーに競り勝ちチャンピオンの座を射止めます。

今もなお、コンディションを整えた時のバヌーの背中と脚の厚さや形は、ボディビル界の中で話題に上ることもあります。

この優勝とそれまでの経歴で、バヌーはプロボディビルディングのチャンピオンとして、記憶に残る世界一として歴史に名前を刻みます。

リー・ヘイニー(ボディビルダー世界一在歴:1984-1991)

ボディビルダーの画像9

1980年代の後半、その後長くボディビルダー世界一の座に居座る、最高のシェイプと筋肉量を持ったリー・ヘイニーが登場します。

ヘイニーの圧倒的な肉体は、引き締まった身体のラインで均性が取れたプロポーションやサイズを手に入れるために、とにかく大会直前のコンディショニングが頼みだった、それ以外のボディビルダーと明らかに違っていました。

最盛期の初期、最大で109kgあったヘイニーの圧倒的な肉体は、バランスよく発達し、サイズもバランスも兼ね備えたまさに最強のボディビルチャンピオンでした。

もはや小柄な男が大男を打ち負かせられなくなり、巨大な筋肉が、ミスターオリンピア1位を勝ち取るうえでの「獲得条件」となっていったのです。

そのために、ボディビルダー達は人々を圧倒するような大きな筋肉を作り上げる必要が出てきます。

ヘイニーはまさに、その新時代の到来の象徴。筋肉はバランスよく発達していながら、大きさでも当時のトップを極めていたため、他のボディビルダーたちはヘイニーを打ち負かすことができなかったのです。

ドリアン・イエーツ(ボディビルダー世界一在歴:1992-1997)

ボディビルダーの画像10

リー・ヘイニーが最後の世界一に輝いた1991年、彗星のごとく現れ、リー・ヘイニーを脅かしたのがイギリス人のドリアン・イエーツでした。

結果は僅差で負けましたが、ヘイニーが8連覇した後引退したのに伴い、イエーツは1992年以降、圧倒的な強さでチャンピオンとして君臨します。

大きく発達した筋肉(1995年当時は118kg)と整ったコンディションを備えたイエーツが存在していたため、当時のミスターオリンピアの参加者は、あくまでも準優勝狙いだったとまで言われています。

リー・ヘイニーがサイズの時代の幕開けを行ったとすれば、イエーツはボディビルをもう一段階引き上げたと言われており、現在のボディビルの原点となった歴代チャンピオンです。

これ以降、イエーツの対抗馬として争った、127kgを超える大男のナッサー・エル・サンバティが出てきたりと、それまでの人間がイメージしていた限界を超えるボディビルダー達が現れてくることになります。

現在では、この影響により100kg以下の肉体では、ミスターオリンピアの王者になるのはほぼ不可能という状況にまでなっており、いつの間にかミスターオリンピアは、巨人達が賞賛されるタイトルとなっていきます。

ロニー・コールマン(ボディビルダー世界一在歴:1998-2005)

ボディビルダーの画像:ロニーコールマン

ドリアン・イエーツが引退した後、群雄割拠の状況になると見られていたプロボディビル界ですが、その中で全く注目されていたかったにも関わらず、ボディビルダー世界一の称号をさらっていったのが、その後伝説的存在となるロニー・コールマンです。

当時は、ショーン・レイやケン・ウィーラー、ケビン・ロブロンなど、他にも有力とされている候補がおり、あくまでもロニー・コールマンはダークホース的存在でしかなかったのです。

しかし、前年は9位の成績しか収められなかったコールマンは、それまでとは全く別人のような圧倒的な筋肉のサイズと形を披露して、なんと1998年のミスターオリンピアで他を圧倒して優勝してしまいます。

そして、毎年その肉体の進化を続けた結果、8連覇という、それまでリー・ヘイニーしか成し遂げていない業績を納めます。2003年当時の肉体は、なんと131kgを超えていたそうです。

今現在でもロニー・コールマンはボディビル界の神話的存在となっており、プロポーション・筋肉のサイズ、コンディショニング、カリスマ性と言った点において、歴代チャンピオンの中でも最高の仕上がりを持っていたと言われています。

ジェイ・カトラー(ボディビルダー世界一在歴:2006-2007, 2009-2010)

jay cutler 1st

ジェイ・カトラーはミスターオリンピアへ初参戦したのが2001年ですが、それ以降、いつかはロニー・コールマンを追い越したいと常に意識して努力を続けてきました。

しかし、その努力も虚しく、長らくロニー・コールマンを打ち負かすことが出来ませんでしたが、ある時コールマンの筋トレを、今までの自分を作ってきたトレーニングメニューに変えて行っていくことに決めます。

その結果、2006年のミスターオリンピアでは、その後にチャンピオンになるデキスター・ジャクソンや、ボディビルダーとして有名になるメルビン・アンソニーらを抑えて、ついに悲願であった、ボディビルダー世界一の称号を手に入れることになります。

ジェイ・カトラーの優勝の決め手は、自分のそれまでの考えを一旦捨てて、筋トレの基礎に戻り練習を開始したことに加え、コールマンと同等レベルの筋肉量を手に入れたことによるところが大きいのです。

2008年にはデキスター・ジャクソンにミスターオリンピアのタイトルを奪われますが、2009年にはまた返り咲き、2010年にはその後に連勝を重ねてボディビルダーのトップへ上り詰めるフィル・ヒースを抑え、合計4回のボディビルダー世界一に輝いています。

デキスター・ジャクソン(ボディビルダー世界一在歴:2008)

ボディビルダーの画像:デキスタージャクソン

2008年、当時はジェイカトラーの全盛期でしたが、その後ろで優勝を虎視眈々と狙っていたのが、デキスター・ジャクソンです。

ジェイカトラーは2008年のミスターオリンピアでベストなパフォーマンスを舞台で見せることが出来ず、デキスター・ジャクソンに、ボディビルダー世界一の称号が回ってくることになります。

ジャクソンは欠点のない筋肉の発達具合を持った、小さなボディビルダー(168cm)でしたが、その身長に似合わない巨大な胸と肩周りの筋肉、そして圧倒的な腹筋を持っていたのが特徴です。

すでに当時は、アーノルド・シュワルツェネッガーが主催するボディビルダーにとっては2番目に名誉となるアーノルドクラシックを3回も優勝しており、いつミスターオリンピアのチャンピオンとなるのか待たれていた存在でもありました。

ジャクソンの優勝は、特大の筋肉と巨人であるのが必須と言われる現代のミスターオリンピアにおいて、珍しく美しさと質が評価された瞬間だったとも言えます。

フィル・ヒース(ボディビルダー世界一在歴:2011-2017)

phil heath body

フィル・ヒースは、現在進行形でボディビルダーの世界一として君臨するミスターオリンピア。

ヒースの活躍は生まれた時から約束されたようなものであったとも言えます。フィル・ヒースは先天的に筋肉が付きやすい体質であっため、ボディビルを始めたのが23歳になってからということにも関わらず、その後8-9年で世界一の座まで登りつめます。

その天才的な肉体の能力から「ザ・ギフト(天から授かったもの)」と呼ばれており、2011年に初優勝以降、毎年のように筋肉を発達させ、他のボディビルダーが全く敵わない、無敵の存在に近づきつつあります。

そして2017年、ミスターオリンピアを7連勝したことで、あの伝説的なボディビルダーであるアーノルドシュワルツェネッガーが持つ、合計7度のミスターオリンピの記録に並ぶこととなります。

ヒースの特徴は、何と言ってもその大きく発達した腕(腕周りが56cm以上あると言われている)を皮切りに、身長175cmには見えない圧倒的なボリュームを完璧なバランスで兼ね備えた美しい上半身の筋肉にあります。

ボディビルダー世界一の王座を虎視眈々と狙う、パフォーマンスに優れたカイ・グリーンなどを引き離してどこまでミスターオリンピアの在歴を伸ばせるかが、今後のボディビル界の楽しみにもなっています。

ボディビル目指したくなったらね

一緒に確認しておきたい他のボディビル記事

ボディビルダー世界一/ミスターオリンピアまとめ|歴代チャンピオンの画像付き!偉大なミスターオリンピア達のまとめ

ボディビルダー世界一に輝いた偉大なミスターオリンピア歴代チャンピオン達を、画像付きで見てきました。

彼らの圧倒的な筋肉ボリュームと、完成された肉体は、まさに生きた芸術品にふさわしい存在です。

また、歴代の王者達を見ていくと、ボディビルの業界にも歴史があったり、年を追う毎に発展してきているのが分かります。

これからも毎年ミスターオリンピアが開催されたら更新していくので、気になったら確認しにきてみてください。

ぴろっきーでした!

スポンサーリンク

シェアする